みなさんは「幸せな牛から美味しい牛乳」という本をご存知だろうか。
この本は岩手県の山間部にある”なかほら牧場”、中洞正さんの著書のタイトルだ。

なかほら牧場の牛乳は1本1188円
スーパーで売られている大手乳業メーカーの200~300円の牛乳と比べるとその値段の違いに驚くだろう。
しかし、今この牛乳が毎月4~5千本も売れている。

今回、なかほら牧場の牧場長、中洞正さんと
牧場の運営主任である株式会社リンクの代表者、岡田元治さんにインタビューをすることができた。

どうしてこんなに高い牛乳が売れているのか?

私たちは、このインタビューを通して、二人の牧場経営に対する信念に触れ、著書「幸せな牛から美味しい牛乳」のタイトルの意味を理解することになった。

■山地酪農とは

「ありのままの自然のサイクルを活かした酪農方法」

「私が山地酪農と出会ったのは学生時代でした。酪農と言えば、牛舎で育てることが一般的でしたので、斜面だらけの山でも牛を育てることができるということを知り、衝撃を受けたのを覚えています。それなら、地元である北上山地でも牛を育てることができると思い、山地(やまち)酪農に興味を持ち始めました。その後、山地酪農研究会というサークルに入り、大学2〜4年まで山地酪農を学びました。」

と語る中洞さん。

なかほら牧場は岩手県の北上山地の中、標高およそ700〜850mのところに位置している。なかほら牧場が他の牧場と決定的に違うのは、その酪農手法にある。

山地酪農とは、平地ではなく山地を活用し、牛舎を持たずに1年中放牧する酪農のこと。

牛たちは、牛舎につながれず広い山を自由に動きながら、自生している野シバを食べて生活している。

岡田さんは言う。

「一般的な酪農では輸入穀物主体の飼料を食べさせるのだが、草食動物に本来の食べ物以外を食べさせるのは良くない。草食動物の食べるものは文字通り”草”だ。草食動物、なかでも牛や山羊・羊などの反芻動物の胃の構造や消化吸収システムは、草食を前提として作られている。牛舎飼育で運動をさせずに穀物を食べさせ続けていたら、牛も体を壊してしまう。やはり、本来行動と食性にあった餌で育てるのがいい。」

なかほら牧場の牛は自然そのままの空気と大地で過ごし、山の草や木の葉を食べる。牛の本来の行動の維持は、牛たちの健康を守るためにとても重要なのだ。

それが、圧倒的に”質の良いコクと旨み”を持つミルクを生み出している。牛乳もバターもアイスも格別だ。

山地酪農を提唱したのは、「草の神様」と呼ばれた植物生態学者の猶原恭爾理学博士だ。

日本の国土の7割は山。山地酪農は、起伏の多い山に自生する野シバなどの植物資源を活用し、化学肥料に依存しない自然の在り方に沿った酪農手法として、近現代の酪農とは一線を画す考え方だったのだ。

 

■人と牛が一体になって作りあげる牛舎のない牧場

―どのように放牧地を作るのか?

「まずジャングル状態の山に牛を放ち、牛が下草を食べ、開けた土地に人が入り、山を切り開く。その後、自然の日光が地表に届き、一番再生力と生命力がある野シバが生える。鬱蒼とした山地を牛と人の力で放牧地に変化させていく。牛が野シバを食べ、野シバは牛の糞を肥料として育ち、斜面に広がっていく。人が頭数と面積のバランスを調整することで、半永久的に野シバの美しい草地ができるのです。山の本来の力で草を育て、自然のサイクルを回す山地酪農が生物学的には理想の形なのです。」

と岡田さん。

しかし、このような放牧地を作り上げるには3~5年の年月がかかる。中洞さんはあきらめることなく、理想の酪農を実現するという信念を持ち続け、なかほら牧場は誕生したのだ。

なかほら牧場の広さは、いまや130ヘクタールにも及ぶ。1ヘクタールは野球場のグラウンドほどの大きさで、なかほら牧場は1ヘクタールに1~2頭の牛を飼うようなとても広大な牧場だ。
牛たちはその広い山を走り回る。楽しそうな牛たちの姿が目に浮かぶ。

なかほら牧場のこだわりは、飼育している乳牛にもあった。

■山地酪農×ジャージー牛が生み出す奇跡の牛乳

日本の乳用牛は「ホルスタイン種」と「ジャージー種」の2種類が存在する。
牛と言えば、牛乳のパッケージで見られるような白黒模様の牛がイメージしやすいのではなかろうか。この白黒模様の牛ホルスタイン種と呼ばれている。

ジャージー種の牛はホルスタイン種に比べて体格が小さめで、褐色の毛並みを持ち口周りが白いのが特徴だ。

日本の乳用牛はほぼホルスタイン種が占めているが、なかほら牧場では主にジャージー種とその交配種を飼育している(ホルスタインは10頭弱)。ジャージー種は国内で飼育されている乳牛の1%未満であり、とても希少だ。

一般的な牛の頭日乳量は1日25~30ℓです。しかし、うちの牧場の頭日乳量は1日7ℓぐらい1/4~1/3程度ですかね。ジャージー牛はホルスタイン牛に比べ、1頭から取れる乳量が少ないので、大量生産に向きません。しかし、ホルスタイン牛の牛乳に比べて、乳脂肪分が高く、コクと風味も抜群です。草を食べることで、βカロテン成分が牛乳に移って、ほんのり黄色い乳白色なのもうちの牛乳の特徴なんです。」
と岡田さんは嬉しそうに語ってくれた。

―季節によって味わいが違うのですか?

「私たちの牛乳は季節によっても味わいが変化します。それは牛たちが食べるものが変わるからです。夏草は水分が多く、私たちで言えば生野菜のようなもの。に搾乳する牛乳は脂肪分が落ちてサラっとした味わいになりますし、逆には干し草などを食べるので、乳脂肪分が高くやや濃い味わいになります。私たちも夏と冬では食べるものが違うでしょ?牛たちにとっても、それは自然のことなんですよ。」

牛乳の味は牛たちの食べているもので決まる。
なかほら牧場では、輸入飼料やポストハーベスト農薬が心配な飼料は一切与えていない。

一般的な放牧は牧草地に化学肥料を入れることが多いが、この牧場は化学肥料も使わない。人も牛も自然由来の食物を食べ、健康になるのは変わりません。”健康的な牛からは健康的な牛乳が出る”をモットーに、なかほら牧場の牛たちはまさに”ピュアグラスフェッド”なのである。

※グラスフェッド・・grass=牧草、fed=食物、つまり牧草を与えられて育った動物。グラスフェッドビーフは脂身が少なく、栄養価が高いと近年注目されている。一方、穀物を食べて育った牛は穀物飼育牛(グレインフェッド)と呼ばれる。

販売しているアイスも、もちろん一般的に使われている乳化剤・安定剤・増粘剤などの化学的添加物も一切使わずに、無添加で作りあげている。

そういった努力の甲斐あって、なかほら牧場の牛乳は、『ご当地牛乳グランプリ 最高金賞』『フードアクション・ニッポン アワード 優秀賞』『料理王国100選 優秀賞』といった名だたる賞を受賞してきたのだ。

■3年で13万個売れている至高のグラスフェッドバター

―TVで「死ぬまでに食べたいバター」と紹介されていました。
おすすめのバターの食べ方を教えてください。

バターご飯です。熱々のご飯の上にバターをのっけて、醤油をポタっとたらし黒胡椒をふって、まず食べてみてください。トーストにのせるのももちろん美味しいですが、これが一番美味しいです。私たちのバターは食塩も不使用なので、バターの味をストレートに感じて欲しい。あっさりしているのに、風味やコクがしっかりあります。」と岡田さんは教えてくれた。

なかほら牧場のバターは一般的なバターよりも黄色味を帯びている。それは牛たちが食べている青草の成分(βカロテン等)が色濃くでているからだ。ミルク100kgからわずか4kgしかできない希少なこのバターは100g   2,160円でおそらく世界一高いが、驚いたことに3年で13万個も売れている。ちゃんとしたものを食べたいと思う人が増えたということではないか、と岡田さんは言う。

グラスフェッドバターはヘルシー志向の消費者にとても人気だ。

穀物飼育(グレインフェッド)の牛のミルクで作る一般的なバターに比べて、不飽和脂肪酸が多く含まれていて、代謝が早く脂肪になりにくい。不飽和脂肪酸はコレステロール値の低下、血液サラサラ効果、免疫力の向上などの特性を持ち、体に良いことだらけなのだ。

2015年に発売された「シリコンバレー式 自分を変える最強の食事」という本で、「完全無欠のダイエット方」としてコーヒーにバターを溶かしこむバターコーヒーが話題になった。この本をきっかけに日本でもバターコーヒーは根強い人気を誇っている。

この記事を読んでいる読者の方にもバターコーヒーを飲んでいる人も多いのではないだろうか。この本の中でもグラスフェッドバターが紹介されており、バターコーヒーとの相性は抜群だ。

■消費者に”本当に体に良いもの”をもっと知ってほしい

岡田さん

「嬉しいことにたくさんの方が私たちの商品を買ってくださっている。それは”健康に良いもの”を食べたいという人が増えたからだと思います。私たちはたくさんの消費者の方に、もっと食のことを知って欲しいんです。スーパーで売られている牛乳は、本来のエサを食べさせていない体を壊した牛たちの牛乳なんです。肉にしても乳にしても卵にしても魚にしても、”もともとこの食べ物はどんな食べ物だったのか”、私たち生産者も消費者も当たり前の食料生産に立ち返って考えるべきなんです。」

中洞さん

「牛は牛乳を生産する道具ではないという姿勢は今も昔も変わっていません。農協が全量買取を行ったため、酪農家は作れば作るほど売上になった。その結果、日本の酪農は、生産量や効率だけを重視して工業化されてきてしまいました。しかし、それは人にとっても牛にとっても幸せなことでしょうか。豊富な乳脂肪分を含む牛乳を安定的に供給するために、輸入穀物を飼料とするのは今や当たり前になりました。しかし、輸入穀物飼料に含まれるポストハーベスト農薬や遺伝子組み替え作物への不安がつきまとうようになってしまったんです。」

■おわりに

アニマルウェルフェアという言葉がある。
この言葉は、食肉になる牛などの動物が、“生まれてから死ぬまで幸せに暮らすことに配慮する”という欧米発の考え方で、「動物福祉」や「家畜福祉」と訳されている。
なかほら牧場ではこの言葉が生まれるずっと前から牛たちの命の尊厳を守り続けているのだ。

人間も動物も”カラダは食べたもの、飲んだもので出来ている”わけだから、人間に乳や肉を提供してくてる牛が健康で幸せでなければ、人の幸せも健康もない−。

私たちが飲んでいる牛乳は、牛たちから分け与えてもらっているものだということを再認識させられたとても貴重な時間となった。

 

>>>なかほら牧場